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ICBCインタビュー「私の転機」第1回いとう啓子さん(フリーライター)

人生100年時代のキャリア。
様々な転機をしなやかに乗り越えて、次の一歩やキャリアへ踏み出した方々や地域や社会にむけて事業活動されている方々をご紹介します。

第1回目は、ICBCのSoカフェプレゼンターでもおなじみのいとう啓子さんです。


いとうさんはフリーライターとして活動の傍ら、
「表舞台からはわかりづらい、地域の中で想いを持って地道に活動されている人を伝えたい」と地域の人や団体、イベントを取材し、ポータルサイトに掲載する事業もされています。
これまでのキャリアや、今後のビジョンについてお話をうかがいました。


左官屋さんへの取材がライターとして最初の仕事

若い頃はロックバンドをやっていて、ミュージシャンを目指したが挫折。一般的な事務職はやりたくないと、小さい建築関係の業界誌を出している出版社に就職しました。

20歳のころ、左官屋のおじさんにインタビューしたのがライターとしての最初の仕事です。泥まみれで一見とっつきにくそうなおじさんが優しくて、日々の仕事への想いやこれからの仕事について色々話を聴きました。楽しかったですね。

結婚後、仕事を退職しました。32歳の時、生死の境を感じる交通事故にあい3ヶ月入院した時、人生を振り返りました。「これからは自分で好きなことをやって生きていこう」と自分の人生をやり直そうと、離婚も経験しました。

生と死の間のスポーツ、オートバイレースとの出会い

改めて仕事に復帰したい思っていた時たまたまオートバイのロードレースに出会いました。
オートバイのロードレースは限界にチャレンジしているスポーツで、美しさを感じました。そして「一流の選手は負けても美しく、負けた時こそその人の個性が出る」そんな姿に惹かれて夢中になりました。縁あってオートバイロードレース専門誌の編集者として再スタートしました。

会社に寝泊まりして仕事をするくらい大変でしたが、やりがいのある日々を過ごしました。ところが、雑誌が廃刊になり仕事がなくなってきたのをきっかけに、フリーランスになりました。その頃はとにかく生活のために、児童書、書籍、図鑑から女性誌、地域誌までなんでも請負い、仕事をこなしていました。

第二の転機と留学

いとう啓子さん著作「猫と鐘 マルタ留学記」

一方で親の介護を経験しました。親を看取り一人になった時「生活のためになんとなく働いてきたが今後の人生どうしよう」と悩み、模索して1ヶ月マルタ島へ英語留学をしました。かなり葛藤していました。

帰国後、今度は「今までなんとなく生きてきたから、今後は何か社会に貢献できることをしたい」という思いがでてきました。
「活動家は向いていないが、活動家を取材して紹介することはできそう」と感じ、地域の情報サイトを作りました。

見た目ではわからない人生の面白さを文章にして伝えたい

世界のトップクラスのレーシングライダーから学者、子供、起業家などいろんな人を取材してきました。それらの経験からたくさん学ばせていただいたことは自分にとって宝です。
一方で、プライベートとしては子育て経験がなく普通の女性の人生から外れていることに負い目もあり、一時は同窓会に行きにくかったこともありました。また、フリーランスとしての信頼が築けなかったりや女性だからと相手にされないこともあり今でも悩み、葛藤することもあります。
そんな時は、常に好奇心を持とうと心がけたり、普段と違うことをやり意識的に枠から出るようにして乗り越えてきました。

今は多様な生き方、働き方が受け入れられるようになってきたのもあり、自分のことや環境も「人生の面白さ」と感じられるようになりました。

取材の楽しさは、本人に直接話を聴くことで「どうやって生きてきたか」「その人ならではの良さを感じられる」ことが大きいです。それはネットや本からでは感じられない部分も大きいです。
それに世の中鬱々としているし悩みを抱えている人が多いから、明るい話題を届けたい。また、地域で頑張っている人を紹介することで「そういう風にも生きていける」と一人でも多くの人が思ってくれたらいいなと考えています。
今後も地道に頑張っている人や面白い人を発見して発信していきたいです。

次の目標は、定年世代へむけた本の出版

30年くらいオートバイのロードレースを取材し続けていて、15歳でヤンキーだったライダーさんがレースをしながら成長していく姿を見てきました。周りの人と協力してバイクを良くしたりスポンサーを探したり、チームを盛り上げ、応援者を増やしたり。彼らの成長していく姿に、私も勉強になりました。
今後は、そんな人の人生や、よいエピソードを届けたいと思っていて、これまで取材してきた中で溜まっているエピソードを元にしたフィクションも書いています。

特に人生100年時代と言われる中、50代になると迷いがでてきて定年を迎えて会社員という枠からはずれた時、何をしたらいいのか迷う人が多いと感じています。
そんな悩みを受けて『定年後もハッピーになれる』というテーマの本を今、ライフプランナーの人と一緒に作っています。50代のサラリーマンたちに今から準備できることを知ってもらい、自分の人生自分で作ろうというメッセージを届けたいです。 

(インタビュアー ルスリール 浜田有里恵)


いとう啓子さん(フリーライター)

“得る”Cafeサイト
 HP       http://social-edus.net/
 Twitter  https://twitter.com/socialedums


3 件のコメント

  • 就職を考えていた時、父の仕事が少なくなりサラリーマンになりました。建築様式が変わり左官の出番が無くなって来たからです。小さい頃は、父の仕事を手伝い漠然と跡継ぎになるかも知れないと考えていました。
    いとうさんのライターデビューが「左官」とはびっくりしました。

    定年を過ぎ一年になります。今は年金支給を待ちながら嘱託勤務。人生先輩方の参考になるお話が知りたい、今日この頃です。

    • つちださま
      コメントをありがとうございます。第二、第三の人生、生涯現役で自分らしく活動されている方々のお話は興味深いですね。

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